友人が突然逝って、私が一番後悔したこと―死後の手続き・連絡網の必要性について
3年前の秋のことです。
普通の、何でもない昼下がりでした。ランチを食べ終えて、さて午後の仕事に取りかかろうとしていた、そのタイミングで携帯が鳴りました。
画面に表示された名前を見て、「珍しいな」と思いながら出ると、聞こえてきたのは友人の震えた声でした。
「かほちゃんが……かほちゃんが、倒れて」
最初、意味が理解できませんでした。
かほちゃんとは、大学時代からの親友です。もう40年以上の付き合い。前日の夜、LINEで「来月ごはん行こうね」と約束したばかりだった。スタンプを送り合って、「楽しみにしてる」とメッセージを送ったのです。
それがもう、いない。
職場で突然倒れて、そのまま帰らぬ人になった。
電話を切ったあと、しばらく、その場から動けませんでした。
「誰に連絡すればいい?」悲しむ間もなく現実が
翌日、友人たちと集まって、かほちゃんの自宅に向かいました。
合鍵を持っていた子が扉を開けると、そこには生活の途中のままの部屋がありました。テーブルの上に置きっぱなしのコップ。脱ぎかけのカーディガン。読みかけの本。
当たり前の日常が、そのまま止まっていた。
しばらく誰も喋れなかった。
でも、悲しんでいる時間はありませんでした。
「お葬式、どうすればいい?」「ご家族には連絡できた?」「兄弟がいるって聞いてたけど、誰か連絡先知ってる?」
かほちゃんは独身で、両親もすでに他界していました。兄弟がいることは知っていたけれど、その連絡先を友人のうち誰ひとり知らなかったのです。
スマホを手に取りました。でも、ロックされていて中には一切触れられないのです。
ご家族の連絡先を特定するのに丸一日かかりました。
仲良し5人組の一人「なおちゃん」は、葬儀が終わるまで訃報を知ることができなかったのですが、後から知ったなおちゃんの顔が今でも忘れられません。
「ちゃんとお別れしたかった」
その一言が、私の胸に深く刺さりました。

スマホのロックがこんなに高い壁になるとは
かほちゃんが逝ったあと、残されたご遺族は、途方もない「実務の壁」に直面したといいます。生前かほちゃんとはあまり交流のなかったご遺族から、手続きを手伝ってほしいとお願いされ、役所関係の手続きにはご遺族に行っていただき、手続きについて私たち友人がいろいろ調べることにしたのです。
しかし、現代はスマホの時代、多くのデータが入っているスマホが開かないとできないことも多いのです。
ほぼすべてのサービスの解約やパスワードのリセットには、SMS認証やメール認証が必要です。スマホの回線を先に止めてしまうと、各社のカスタマーサポートに書類を郵送して、数ヶ月待つという膨大な手間が発生します。
かほちゃんは、いくつかの動画サービスや音楽サービスを契約していました。解約の手続きができないまま、口座からは毎月引き落としが続いていたといいます。放置すれば、年間で軽く10万円を超える損失になることもあるわけです。
さらに怖いのは、クラウドストレージです。iCloudやGoogleフォトの支払いが止まると、一定期間後に写真データが完全に消えてしまうことがあります。かほちゃんが撮りためた写真が、手続きのタイミング次第では消えていたかもしれません。
スマホのロックを解除するパスコードを、誰かひとりに伝えておくだけで、どれだけ救われるか。死後の手続きで最初にすべきことは、スマホと電話回線の解約を最後にすることをこの経験から学びました。
葬儀が終わっても時は動き続ける
悲しみには関係なく、手続きには厳しい期限がありました。
死亡届は7日以内。年金や健康保険の資格喪失手続きは14日以内。葬祭費や埋葬料の請求には2年の時効があります。
「後でゆっくり……」と思っていると、気がついたら時効を過ぎていた、なんてことが実際に起こります。悲しみのただ中にいる人間に、こんな判断を次々と迫ってくる現実の冷たさに遺族の方々をはじめ私たちはみんな消耗していきました。
かほちゃんが少しだけ、準備しておいてくれたら。
そう思ったことは、一度や二度ではありませんでした。でも同時に、私だって何も準備していない、と気づいたのです。かほちゃんを責められる立場ではありません。誰だって「まだ早い」「そのうち」と思って、後回しにしてしまうものだからです。

「もしものノート」は、何十ページも書かなくていい
この経験から、私は自分のノートを作り始めました。
難しく考えなくていいのです。家族や友人が実務で困る情報に絞って、5つのことだけ書いておくのです。
まず「基本情報と緊急連絡先」。「本籍地」「マイナンバー」「かかりつけの病院の名前」は必要です。
次に「お金の情報」。通帳や印鑑がどこにあるか、その場所のヒントだけでもいいから書いておきましょう。口座番号を細かく書く必要はありません。「引き出しの奥」「棚の二段目」それだけでも十分です。
そして「デジタルのヒント」。
スマホのロック解除のパスコード、毎月引き落とされている主なサービスの名前。これがあるだけで、残された人たちがどれだけ助かるか、かほちゃんの件で身をもって知りました。ただし、銀行の暗証番号だけはノートに書かない方が良さそうです。万が一ノートが見知らぬ人の目に触れたときのために、これだけは書かないようにしています。
それから「医療・介護の希望」。
延命治療をどう考えているか、自分の言葉で書いておきましょう。一人暮らしなら特に、これは大切です。
最後に「葬儀とお知らせのこと」。
葬儀の形式より何より、「誰に知らせてほしいか」のリストを書いておくことです。
葬儀に参列できなかった、なおちゃんのことを思うと、これだけは絶対に書いておかなければと思いました。

「生前の設定」が思い出を守ってくれる
ノートを作ると同時に、スマホの設定も変えました。
Appleには「故人アカウント管理連絡先」という機能があって、信頼できる人をあらかじめ設定しておくと、その人がiCloudのデータにアクセスできるようになります。
Googleにも「無効化管理ツール」があって、一定期間アクセスがない場合に指定した人へデータを共有したり削除したりを自動でやってくれるのです。
Facebookにも、死後のプロフィールを管理してもらえる「追悼アカウント管理人」を設定できます。
どれも、設定そのものは数分でできます。でも知らなければできません。
もっと早く知っておけばよかったと悔やみました。

友人として手伝える限界も知っておく
かほちゃんの部屋を片づけながら、もう一つ学んだことがあります。
遺品は、すべて相続財産です。つまり、家族のもの。どれほど仲のいい友人であっても、家族の許可なく勝手に動かすことはできません。
私たちはご遺族に頼まれて、善意で動いていたけれど、あとから「これはどこへいった」「あれを勝手に処分したのか」というトラブルになりかねません。
現金や通帳、貴金属を見つけたら動かさず、写真を撮って即座にご遺族へ報告していました。家族が相続放棄を検討しているなら、不用意な片づけや支払いは「相続を承認した」とみなされる法的リスクもあるので注意が必要です。
友人として関わるときも、善意だけでは済まないことも多いです。知識も必要なんだと、痛感しました。
それから、身寄りがいない方が友人に後事を託したい場合は、口約束では法的に何もできません。「死後事務委任契約」を生前に専門家と結んでおくことが、本当の意味で友人を守ることになります。
準備することは愛することの一つの形
かほちゃんが逝って、3年が経ちます。
今でも、ふとした瞬間に思い出します。テーブルの上のコップ。脱ぎかけのカーディガン。読みかけの本。
彼女は旅立ちは「まだ先のこと」と思っていただけ。それは私たち全員、同じです。
でも、あの経験が私を変えました。
準備することは、残された人たちが、悲しみの中で片付けなければならない「負担」を、軽くしてあげるための、最後の優しさだと今は思っています。
完璧でなくていいんです。
まずは今日、一枚の紙に「いざというとき、知らせてほしい人の名前」を書いてみてください。
かほちゃん、あなたが教えてくれたことを、私はちゃんと伝えていくから。
準備とは、終わりを見つめることだけではありません。
大切な人への、最後の思いやりでもあるのです。

