「もうすぐお金が入るから」その一言で、私はA子の異変に気づいた。
「ねえ、ちょっとお金貸してもらえないかな。もうすぐ大きなお金が入るから、すぐ返せると思うんだけど。」
A子からそのLINEが来たのは、5月の上旬ことでした。
「えっ?!」既読をつけたまま、私はしばらく画面を見つめていた。
A子は昔から堅実で、人にお金を借りるようなタイプではありません。むしろ「借金は絶対にしない主義」と公言していたくらいです。だから、このLINEは私の中で「なんか変なのでは?」と100%違和感でしかなかったし、「もしかしてA子、誰かにだまされていない?」と心配になったのです。「もうすぐ大きなお金が入る」というA子の言葉が何より不気味でした。

「最近どうしてる?」がすべての始まりだった
A子とは40年来の付き合いになります。出会いは大学で、お互い就職、彼女の結婚などそれぞれ違う生活になってからも関係は続いていました。彼女の子育てが一段落してからは、月に一度はランチをするのが習慣になっていて、悩みを話して、笑って、また一ヶ月頑張れるというようなそういう関係でした。
でも去年の春ごろから、急に連絡が途絶え、LINEを送っても既読スルー。Instagramを見ると投稿もぱったり止まっていて、グループLINEへの反応もなくなりました。
他の友人も心配しており、「忙しいのかな」「何か嫌なことがあって、しばらく一人でいたいのかな」「そっとしとこう」と話し合い、しばらく彼女から距離をおくことにしました。それが良くなかったのだと、あとで悔やむことになるのですが・・・。
あのLINEが来た翌日、私は直接会いに行くことにしました。

扉を開けたA子は、別人のようだった
マンションの前でインターホンを押したとき、少し間があってから「……だれ?」と、乾いた声がしました。
扉を開けたA子は、化粧もしておらず、髪もほとんど手入れされていないようでした。昔はいつもおしゃれしていた彼女が、よれたスウェット姿でそこに立っていました。目の下にうっすらクマがあり、どこかぼんやり遠くを見ているような目をしていました。
リビングに通してもらうと、テーブルにはコンビニの袋とスマホの充電ケーブルが何本も放置されており、カーテンは昼間なのに半分閉まったままで、部屋は薄暗く、お気に入りだと言っていた観葉植物は、水が切れているのか葉が茶色くなって枯れていました。
「最近、連絡とれてなかったけど、具合が悪いの?何かあった?」
責めるつもりも怒るつもりも、ましてや問い詰めるつもりもありませんでした。
ただ、心配で仕方なかったのです。
A子は少し沈黙してから、「……実はね」と話し始めました。

きっかけは、夫の入院だった
A子の夫が体調を崩して入院したのは、一昨年のことでした。幸い命に別状はなかったものの、回復には時間がかかり、その間、入院費と生活費が両方のしかかってきます。先が見えない不安、夜になると孤独で押しつぶされそうになったと彼女は涙を流しました。そのとき、誰かに話を聞いてほしくてたまらなかったのだと。
「夫に心配させたくないから、本人には弱音を言えなくて。子どもたちも遠くに住んでいるし、気を遣わせたくなくて連絡できなくて。」
そんな夜、スマホを見ていたら「無料で金運鑑定」という広告が流れてきました。吸い込まれるように広告を押して、名前と生年月日を入れると、数分後にメッセージが届いたといいます。
「A子さん、今あなたはとても大きなストレスを抱えていますね。でも大丈夫です。あなたの運気は必ず好転します」
「なんか、すごく丁寧に話を聞いてくれて。私のことを全部わかってくれているみたいで、泣きそうになった」
占師を名乗る人物は、毎日メッセージを送ってきて、A子も毎日返信した。「やっと自分の話を聞いてくれる人が現れた」そう思うのに時間はかからなかったという。
「夫が入院中も、あの先生だけがずっと私に声をかけてくれていた。寂しくなかったのは、あの人がいたからだって、本当にそう思ってた」
そのうち「より精度の高い鑑定のため」と有料プランへの誘導が始まった。1通1,500円。最初はためらったけれど、「これで夫が回復するなら」「このお金で運が変わるなら」と思って課金した。その判断を責める気には私にはなれませんでした。
「あと一歩」という言葉の底なし沼
鑑定が進むにつれ、占師は囁き続けた。
「A子さんには、近いうちに宝くじが高額当選します」「運気を高めるために、指定の文字列を一文字ずつ送ってください。これが、最後の儀式です」
「最後の儀式」は、何度も訪れた。
終わったと思ったら、また次の新しい儀式。「もう少しで扉が開く」「あなたの運気は今が一番の正念場」そのたびに、彼女は課金した。1日に4〜5時間、スマホに張り付いてメッセージのやりとりをした日もあったという。
なぜやめられなかったのか。
「ここでやめたら、これまで払ってきたお金が全部無駄になるってずっと思っていた。10万円払ったあとに『やめよう』と思えば良かったけどやめられなくて。もう100万円払ってしまったら、もったいなくてやめられないでしょ。気づいたら、その繰り返しで」
心理学でいう「サンクコスト効果」これまでの損失を無駄にしたくないという執着が、判断を狂わせ、加えて、宝くじ当選という甘い期待が、現実から目を逸らさせ続けました。
気づいたとき、1年半で蓄えが消えていたといいます。

「誰にも話せなかった」理由
「なんで相談してくれなかったの?」
私が聞くと、A子は少し俯いてから「話したら、運が逃げるって言われてたから」と答えた。
占師は最初から念を押していたのだ。
「鑑定の内容は絶対に秘密にしてください。誰かに話した瞬間、結界が解けて幸運が逃げます。もし途中でやめたら、あなたのご家族に災いが降りかかるかもしれません」
怖くて恥ずかしくて家族にも話せなかった。「もうすぐお金が入るから、そのときに家族にも説明できる」と自分に言い聞かせているうちに、どんどん深みにはまっていったというのです。
周囲への口止めは、ネット占い詐欺の常套手段なのです。家族や友人という冷静な「外の目」を遮断して、占師と被害者だけの閉じた世界を作り上げ、そこに「やめたら不幸になる」という恐怖を加えれば、被害者は完全に孤立するわけです。
A子は、その罠の中で1年半も一人で戦い続けていたのです。

私が「それは詐欺だよ」と言わなかった理由
私はそのとき、「それは詐欺だよ!目を覚まして!」とは言えませんでした。
なぜかというと、A子の目がまだ「夢の中」にあったから。「宝くじが当たったらこんなことをしたい」という期待と、「ここまで払ってきたのだから報われるはず」という必死さが、入り混じった顔をしていたからです。
その状態で頭ごなしに否定すると、恥ずかしさと怒りで殻に閉じこもってしまうかもしれなと思ったから。
だから私はまず、こう切り出しました。
「宝くじが当たるって言われ始めてから、今日で何ヶ月になる?」
A子は少し考えて「……1年3か月くらい」と答えた。
「その間に、合計でいくら払ったか、一緒に計算してみようか」
紙を取り出して、一緒に書き出した。月ごとのカード明細を引っ張り出し、数字を並べた。声にこそ出さなかったけれど、合計が見えてきたとき、あまりの額に私の手は震えた。「1千万・・」A子は長い間、紙を見つめていた。
それから「実はね、同じ『一文字ずつ送れ』っていう指示を受けた人が、全国にたくさんいるんだって。テレビのニュースでやってたのを見たんだよ。A子だけに特別な指示が来てるわけじゃなくて、同じ文面が何百人にも送られてるみたいで」と、努めて責めないように伝えた。
そして最後にこう言った。
「A子が信じたのは当然だよ。A子が弱かったんじゃない。孤独で、不安で、誰かに話を聞いてほしかっただけ。プロの詐欺集団が、そういう人の気持ちを利用して狙ってきたんだから。悪いのはA子じゃない。」
A子は、泣いた。声を押し殺して、ずっと泣いていた。それはたぶん、1年3か月分の涙だったと思う。
動き出すことで、取り戻せるものがある
A子が「騙されていたかもしれない」と認めてからは、動きが早かった。
まず最初にやったのは証拠の保存。
占師からのメッセージ、「宝くじが当たる」「あと〇回で終わる」「この儀式が最後」といった文面を、片っ端からスクリーンショットに残した。
クレジットカードの明細と、コンビニ払いの控えも全部引っ張り出した。こういう証拠は後から集めようとしても業者がアカウントを削除すると消えてしまうことがあるので、気づいた瞬間に保存するのが鉄則だ。
次にカード会社へ連絡した。「詐欺的なサイトへの支払いだった」と伝えると、担当者がすぐに対応の相談に乗ってくれた。引き落とし前のものは止められる可能性がある。まずは相談してみることが大切だ。
そして消費者ホットライン「188(いやや!)」に電話した。電話口のオペレーターは穏やかで、「あなたは悪くない、これは社会問題なのです」と言ってくれたとのこと。
その被害者に寄り添う言葉で、直美の肩がスッと下がるのが見えました。「自分が馬鹿だった」と思い続けていた重荷を、その一言が少し下ろしてくれたのだと思います。
被害額が大きかったため、占い詐欺の返金実績がある弁護士にも相談することになりました。法的な強制力を持って返金交渉ができるのは弁護士だけだからです。
「弁護士に相談するほどでも……」と思いがちだが、金額が大きければ大きいほど、プロの力を借りることが必要なのです。
全額取り戻すことは難しいかもしれません。でも、一人で抱え込んだままにしていたら、何も変わず、1円も戻ってこないのです。それに被害の拡大も止められないのです。
動き出すことだけが、状況を変える唯一の方法なのです。
A子が本当に必要としていたもの
詐欺から救い出すことと、その後のA子の「寂しさ」は、別の問題でした。
ここが難しいところだと思います。占師は確かに嘘をついていたし、お金を騙し取ったひどい相手です。でも一方で、孤独だったA子に毎日声をかけ、話を聞き続けていたのも事実なのです。その「拠り所」がなくなった後に、だれか手を差し伸べなければ、A子はもっと空っぽになってしまうかもしれません。
詐欺をやめさせることよりも、その後の「寂しさをどう埋めるか」を一緒に考えることの方が、実は長期的には大切なのかもしれません。
だから私は月一のランチを再開しました。他の友人も巻き込んで、小さなグループLINEを作りました。「今日のランチ何食べた?」「このドラマ観てる?」そういう他愛もない話ができる場所を、意識的に作るようにしたのです。
取り立てて特別なことは何もしていません。「あなたのことを気にかけている人たちがここにいる」ということを、A子にできる限り日常の中で示し続けることが大切だと思ったから、みんなでさりげなく声をかけていくことにしたのです。
詐欺のことは他の友人には話してはいません。
A子と話し合って、ストレスから引きこもりがちになっていたということにしています。
A子は先日、久しぶりに口紅をつけてランチに来ました。「最近、図書館に通い始めたんだよね」と、少し照れながら笑っていました。

もしあなたの周りに「A子」がいたら
チェックしてほしい兆候が、いくつかあります。
スマホに異常に執着する。
部屋に閉じこもることが増えた。
身なりに無頓着になった。
「もうすぐ大金が入る」という根拠のないことを口にする。
お金を貸してほしいと言ってくる。
こういう変化に気づいたとき、「それ、詐欺なんじゃない?」と真正面から言う前に、まず「最近どうしてる?」と声をかけてほしいのです。そして何を聞いてもそれを責めずに、最後までゆっくり話を聞いてほしいのです。そして騙されているとわかったとしても、それを責めることなく「あなたが悪いんじゃない」ときちんと言葉にして相手を肯定してほしいのです。
それから、一緒に解決に向かって動き出してほしいのです。
- 🔷 消費者ホットライン:188(局番なし・全国対応)
- 🔷 警察相談専用電話:#9110
- 🔷 占い詐欺に強い弁護士: 返金実績のある事務所を選ぶこと
被害者を救い出すのは、説得や論破ではなく、「あなたのそばにいる」という、地味だけど温かい寄り添う姿勢だと思うのです。
それだけが、どんな「結界」よりも強く、大切な人を守ってくれると思うのです。
ひとつ、誤解しないでほしいことがある。私は占いを否定しているわけではありません。
悪いのは占いではなく、人の寂しさと不安を食い物にする一部の悪質な業者なのです。
星座を調べてちょっと嬉しくなったり、タロットを引いて今日の気持ちを整えたり、そういう占いとの付き合い方は、毎日をちょっと豊かにしてくれる、れっきとした生活のスパイスだと思っています。
ただ、「楽しむための占い」と「依存させるための占い」は、似て非なるものだということだけ、頭の片隅に置いておいてほしいのです。
大切なのは、占いに「頼る」のではなく、占いを「使う」側でいること。その主導権だけは、どうか手放さないでください。
