ここでの暮らし

長崎に移住した私が、あえて坂の上に家を借りたわけ

まりん

「長崎に住むなら、できれば平地がいいよ」

移住を決めた頃、会う人ごとにそう言われました。

長崎が坂の街であることは有名なので、以前から私も知っていました。
何度か訪れていたので、その急勾配も体験していました。
言われるたびに、「坂の街に住めるかな?」と少しだけ気持ちが揺れたのも事実です。

それでも私は今、坂の上に暮らしています。

毎朝、窓を開けると長崎港が見えます。朝の光を受けた海が、季節によって全然違う表情を見せてくれます。夜は街の灯りが、坂の下からこちらへ向かって広がるように輝いています。

あの景色を前にするたびに思います。

坂の上にしてよかったと。

少し横道にそれますが、私が移住した理由をお話させてくださいね。

都会の暮らしの中で、体が限界を教えてくれた

以前は大都市圏で暮らしていました。
駅は近い。スーパーも多い。24時間営業の店もある。傍から見れば、不便なことは何もない生活でした。
でも、いつも時間に追われていました。

人が多く、車も多く、毎日同じ景色の中を走り続けて、気がつくと季節が変わっている。便利なはずなのに、どこかすり減っていくような感覚が、年を重ねるにつれて少しずつ大きくなっていました。

そしてある日、体が限界を超えてしまいました。
検査の結果を聞きながら、深刻というほどではないけれど、このまま同じ生活を続けていいわけではない。そのことだけは、はっきりとわかりました。

治療を続けながら、いろいろと調べているうちに、長崎にその病気をよく診てくださる先生がいることを知りました。評判を聞いて実際に診ていただいて、この先生のそばで療養しながら暮らしていきたいと思ったことが、移住を本格的に考え始めた最初のきっかけでした。

もっとゆっくり暮らしたい。穏やかな時間の中で、体と心を整えながら生きていきたい。
その気持ちがはっきりと形になったのは、体を壊してからのことでした。

8か所を回って、最後に長崎を選んだ

長崎に住んで治療を受けたいと思った私でしたが、即座に長崎に住むことに決めたわけではありません。

他に自分に合ったところがあるのではないか、もっとよく調べてから決めてもいいのではないかと考えたのです。自分の暮らしやすい場所から長崎に通ってもいいかなと。

移住先を決めるまでに、各地を回りました。
気候のよさで知られる地域、自然豊かな山間の町、海沿いの静かな港町、北から南まで合計8か所ほど、実際に足を運びました。観光ではなく、あくまでも「住む場所を探す目」で見て回ることを意識しました。

スーパーまでの距離を歩いてみる。路線バスに実際に乗ってみる。夜の街の静けさを確かめる。雨の日にも出かけてみる。晴れた日の印象だけで決めてはいけないと思っていたので、できるだけ違う条件の日に訪れるようにしました。

長崎には、そのうち何度も足を運びました。
港を囲むように広がる街並みに思わず足が止まりました。海があり、山があり、歴史がある。路地を歩けばどこか異国の空気が漂って、日本にいながら違う時間の中にいるような不思議な感覚がありました。

でも「気に入った」だけでは決めませんでした。
季節を変えて来てみる。平日の昼間に来てみる。夜の街を歩いてみる。そうして何度も訪れているうちに、「ここなら暮らしていけそうだ」という確信が、少しずつ積み重なっていきました。
「ここで暮らしてみたい」という気持ちが、何度訪れても消えなかった。それが最終的な決め手でした。

移住は、生活のすべてが変わるということ

移住を考え始めた頃、私は少し甘く見ていたかもしれません。
引っ越せば新しい生活が始まる。そのくらいの気持ちがどこかにあった気がします。
でも調べれば調べるほど、移住とは住む場所を変えるだけではないということがわかってきました。
仕事が変わります。人間関係が一から始まります。気候も、食文化も、方言も、慣れ親しんできたものとは違う環境の中に放り込まれます。
「思っていたのと違う」と感じることは、どんなに下調べをしても必ず出てきます。

さらに、自治体の補助金や支援制度を活用して移住する場合には、注意が必要です。補助金をいただいて移住した後に「やはり合いませんでした」では済みません。
補助金の返還義務が生じることもありますし、条件によっては一定期間その地域に住み続けることが求められる場合もあります。

「合わなかったら戻ればいい」という軽い気持ちでは、後から大変なことになりかねません。
だからこそ、決める前に調べられることはすべて調べる。それが移住を後悔しないための、最初の一歩だと思っています。

足で調べるということの大切さ

移住を考え始めたら、まずインターネットで調べることから始めると思います。
しかし、インターネットでわかることには、限界があります。
実際にその土地に行って、自分の足で歩いてみることで初めてわかることが、たくさんあります。

気候が自分の体に合うかどうかは、実際に過ごしてみないとわかりません。
長崎は温暖な気候ですが、湿気が多く、坂が多い。夏の蒸し暑さや、冬の風の冷たさは、数字で見るより体で感じてみる方がずっとリアルにわかります。

仕事についても、求人情報をネットで見るだけでなく、実際にハローワークの窓口へ行ってみることをおすすめします。その地域でどんな仕事が求められているか、60代の女性にはどんな選択肢があるか、現地で直接聞いてみる方が、正確な実感が得られます。

住まいも同様です。写真で見た印象と、実際に部屋に立った感覚は、全然違います。
周辺の環境、スーパーまでの道のり、夜の静けさ、これらは足を運んでみないとわかりません。

お子さんがいらっしゃる方は、幼稚園や保育園、学校の情報も必ず確認してください。入園・入学のタイミングや、通学路の安全性なども、現地で確かめることが大切です。

また、移住を考えている自治体の支援窓口に相談することも、ぜひやってみてほしいと思います。多くの自治体では、移住相談の窓口を設けていますし、補助金や支援制度の詳細を丁寧に教えてくれます。
移住フェアや相談会に参加するのも、有益な情報が得られますからおすすめです。

移住にはお金の準備も欠かせない

もうひとつ、正直にお伝えしたいことがあります。
移住には、お金がかかります。それも、思っているよりずっと。
引っ越し代、敷金礼金、家具や家電の買い替え、カーテンや照明などなど。
これだけでも相当な額になります。

さらに、移住先ですぐに仕事が見つかるとは限りません。面接が続く時期、仕事を選んでいる時期、仕事が始まっても収入が安定するまでの時期、そういう「つなぎの時間」を乗り越えるための資金が、必ず必要になります。

移住したばかりの頃は、知り合いがほとんどいません。頼れる人が限られる中で、生活の基盤を作っていかなければなりません。そのためにも、経済的な余裕を持った状態で移住することが、どれほど大切かということを、私は身をもって感じました。

「節約すれば何とかなる」という気持ちはわかります。
でも、知らない土地での生活立ち上げ期には、予想外の出費が必ず出てきます。余裕を持った資金計画を立てることが、移住後の暮らしを安定させる、もっとも現実的な備えです。

移住は、夢ではありません。きちんと準備をすれば、実現できる現実です。
でも同時に、勢いだけで進めるには、あまりにも多くのものがかかっている決断でもあります。

調べて、足で確かめて、お金を準備して、それでもまだ「ここで暮らしたい」という気持ちが続いているならその気持ちは、本物だと思います。
私が何度長崎を訪れても消えなかった「ここで暮らしてみたい」という気持ちは、そういうものでした。

最初は平地の物件を探していた

移住を決意した後、最初に探し始めたのは平地の物件でした。

長崎の坂が大変であることは、移住前の下見で何度も体験していました。
山と海に囲まれた長崎には、平地と呼べる場所がほとんどありません。駅から少し歩くだけで、すぐに急な上り坂が現れます。

体調のことを考えると、なおさら不安でした。
重い荷物を持って毎日坂を上り下りするのは、健康な人にとっても簡単ではありません。療養しながらの暮らしを考えていた私には、それがそのまま日々の負担になることが目に見えていました。

「景色は好きだけど、暮らすとなれば話は別」下見のときに何人もの方から言われたこの言葉が、ずっと頭に残っていました。

そこで物件探しは、できるだけ平坦な場所、駅やバス停に近い場所を中心に始めました。通院のことも考えれば、病院へのアクセスがよい場所であることも、絶対条件のひとつでした。

候補に挙がったエリアを、不動産屋さんと一緒にいくつか回りました。

確かに平坦で、バス停も病院にも近い。条件としては申し分ない物件もいくつかありました。

ところが現実は、思っていたより厳しいものでした。

地方だから安いとは限らないという現実

移住前、私は漠然と「地方なら家賃は安いだろう」と思い込んでいました。

ところが長崎市内で物件を探してみると、平坦で利便性の高いエリアは、それなりの家賃でした。特に駅周辺や中心市街地は、需要が高い分だけ家賃も上がります。東京や大阪ほどではないにしても、「地方だから格安」というイメージとはずいぶん違っていました。

不動産屋さんに案内された平地の物件は、確かに条件はよかったのですが、家賃を見て言葉を失いました。前に住んでいた場所とそれほど変わらない、もしくはそれ以上の物件もあったのです。

「地方移住すれば、生活費はかなり下がるはず」と思っていた私には、これが最初の誤算でした。

さらに移住には、家賃以外にもお金がかかります。引っ越し代、敷金礼金、家具や家電の買い替え、カーテンや照明など「予算には余裕を持って」という言葉は、移住の本やサイトで何度も目にしていました。でも実際に見積もりを取って合計してみると、「こんなに!!」と、思わず声が出ました。

体調のこともあり、無理をして高い家賃の物件に住み続けることは避けたい。毎月の固定費を、できるだけ抑えておきたい。
そう考えて、最初は外していた範囲にも目を向け始めました。

そうして検討範囲を広げていくうちに、候補に上がってきたのが、坂の上の物件でした。

内見の日に窓の外を見て決めた

正直に言うと、最初は「しかたなく」という気持ちもありました。

平地の希望に合う物件が予算内で見つからなかったから、坂の上も見てみようか、という流れだったのです。

内見の日、不動産屋さんの車で急な坂を上りながら、少し後悔し始めていました。「これは毎日大変そうだな」と思いながら部屋に入って、担当の方に言われるまま窓を開けました。

その瞬間、声が出ませんでした。

長崎港が、目の前に広がっていたのです。

海の青と、街の色と、空の白が、窓の外いっぱいに広がっている。朝はここから光が射してくるのだろうと思いました。夕方はあの海がオレンジに染まるのだろうと思いました。夜は、あの街の灯りが宝石みたいに輝くのだろうと思いました。

「この景色、毎日見られるんですか」

気づいたら、そう口にしていました。

担当の方が「そうですよ」とにこやかに答えてくださった。その瞬間、「ここに住みたい」と思い、住むことに決めました。
観光客がお金を払って見に来る景色を、毎朝自分の部屋から眺められる。それは、想像していたよりずっと大きな価値があるように思えたのでした。

覚悟していたはずの坂にやっぱり苦労した

引っ越して来て最初の頃は、やはり大変でした。

買い物帰りが特にきつかったのです。お米や飲み物を買った日は、坂の途中で一度立ち止まらないといけないこともありました。夏は汗だくになりますし、雨の日は足元に気をつけながらゆっくり歩くしかありません。

引っ越して二週間ほど経った頃、スーパーの袋を両手に提げながら坂の途中で立ち止まって思いました。
やっぱり平地にしておけばよかったかなと。

でも不思議なもので、人は慣れます。

一か月、二か月と経つうちに、同じ坂が以前ほどきつく感じなくなっていました。気づけば途中で立ち止まることもなくなり、三か月後には、坂を上りながら景色を眺める余裕まで生まれていました。

翌年の健康診断で、数値がいくつか改善していました。

特別な運動は何もしていません。ただ、毎日坂を上り下りしているだけです。ジム代をかけなくても、長崎の坂が自然と体を動かして、健康を維持してくれていたのでした。

静けさがこんなにも心を整えてくれるとは

坂の上に住んで、最初に「これは予想外だった」と思ったのが、静かだということでした。

中心部からそれほど離れているわけではないのに、夜になると本当に静かです。虫の声が聞こえます。朝は鳥の声で目が覚めます。

都市部に暮らしていた頃は、常に何かしらの音がしていました。車の音、人の声、遠くからのサイレン。それが当たり前になっていたので、気にもしていませんでした。

でも長崎に来て、静かな夜、ようやくわかりました。
人にも疲れてたのだけど、あの音にも疲れていたのだと。

疲れて帰ってきた夜も、玄関を開けて静かな家に入ると、ふっと肩の力が抜ける感じがします。それは、家賃や利便性では測れない、移住前には得られなかった価値あるものでした。

長崎という街のちょうどいいサイズ感

暮らし始めてもうひとつ感じたのが、長崎という街のサイズ感の心地よさでした。

大型の商業施設もあります。それほど大きいとはいえない街なのに病院も充実しています。
路面電車が街の中を走っていて、運賃も手頃で使いやすいし、必要なものは、おおむね揃います。

東京のような大都会ではないから何でも揃うとは言い難いのですが、でも、それほど田舎すぎるわけでもありません。

この絶妙なバランスが、長崎の暮らしやすさの正体だと思っています。

今は長崎ヴェルカやV・ファーレン長崎が活躍。長崎スタジアムシティに多くの人が集まり、長崎の街は賑わっています。長崎ヴェルカのBリーグ日本一の快挙もあって、今ブースターもそうでない人も明るい話題に沸いています。

以前の私は「便利さ」を最優先に考えていました。でもここで暮らすうちに、何でもすぐ手に入る環境が、必ずしも豊かさとイコールではないことに気づきました。
少し遠くても、路面電車に揺られながら目的地へ向かう時間は、急いで移動していた頃にはなかった、小さな幸せでした。

海と山が、日常にある贅沢

少し車を走らせれば、海があります。山もあります。

以前の暮らしでは、海を見ようと思えば遠出しなければなりませんでした。それが今は、何でもない休日の午後に、ふらりと海辺を歩くことができます。

先日も、特に目的もなく港のあたりを散歩しました。その日は風が少し涼しくて、光が水面で揺れていて、特別なことではないのに、なぜか胸がじんとしました。

以前だったら、わざわざ旅行を計画しないと出会えなかった風景が、今は日常の中にある。これが当たり前になってきた今、移住してよかったなと改めて思っています。

人の温かさが移住者の背中を押してくれた

長崎に来て、もうひとつ感じていることがあります。

人の温かさです。

引っ越した直後、ゴミ出しのルールがよくわからずに困っていたとき、近所の方が声をかけてくださいました。おすすめの病院を教えてくれた方もいました。道に迷っていたら、途中まで一緒に歩いてくださった方もいました。

移住者だからと壁を作る人が少ないのは、長崎という港町の歴史と関係があるのかもしれません。古くからさまざまな文化や人を受け入れてきた街は、よそ者に対してどこかおおらかです。

もちろん最初から深い関係が築けるわけではありません。でも顔見知りが少しずつ増えていくにつれて、この街に自分が確かに根づいていく感覚があります。

坂の上の暮らしを検討している方へ

もし今、長崎への移住を考えていて、坂の上の物件を候補から外そうとしているなら、少しだけ考えてみてほしいのです。

確かに坂は楽ではありません。高齢の方や、膝や足腰に不安のある方には、慎重な検討が必要だと思います。さらに車を持たない場合は、交通機関など生活の足をしっかり確認することも大切です。

でも、家賃が抑えられる可能性があること。静かな環境が手に入ること。そして何より、日々の暮らしの中に、あの景色があること。

これらは、数字では表すことのできない価値です。

内見のときは、必ず窓を開けてみてください。どんな景色が広がっているか。朝の光はどこから入るか。夜はどのくらい静かか。そういうことを、自分の目と体で確かめてほしいのです。

便利さだけでは、測れないものがある

現代は便利さがすべてのように語られることがあります。

駅から近い、コンビニが近い、すぐに手に入る、確かに便利です。
でも長崎の坂を毎日歩きながら、私はそれだけが豊かさではないということを、少しずつ体で覚えていきました。

坂を上りながら、季節の変化に気づきます。近所の方と交わす短い挨拶が、ある日ふっと心に沁みます。疲れた夜に窓の外を見て、静かに深呼吸をします。

そんな小さなことが積み重なって、暮らしというものはできていくのかもしれません。

長崎の坂道は、人生の速度を少しだけゆっくりしてくれます。急いでいた自分が、立ち止まる理由を見つけさせてくれるのです。

今日も私は、少し息を切らしながら坂を上ります。

手には買い物袋。額には汗。

でも振り返れば、長崎の街が広がっています。

その先に待つ景色を楽しみに、また一歩、踏み出します。

ABOUT ME
まりん
まりん
はじめまして、まりんです。 地方都市で一人暮らしをしている60代のシングル女性です。 長年、事務職の仕事を続けてきましたが、契約期間満了を機に退職することになりました。 現在は新しい仕事を探すため、ハローワークへ通いながら再出発の準備をしています。 特別な資格も才能もなく、ごく普通の人生を歩んできました。 職場の人間関係に悩んだこともあり、病気を経験したこともあります。 それでも、何歳からでも人生はやり直せることを信じて、一歩ずつ前に進みたいと思っています。 このブログでは、仕事探しの記録、一人暮らしの日常、老後への備え、ここ(地方都市)での暮らしについて綴っています。 同じように不安や悩みを抱えながら頑張っている方に、「ひとりじゃない」と感じてもらえたら嬉しいです。
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