60代ひとり暮らし ラジオが長い夜を変えてくれました
仕事を辞めてから夜が長くなりました。
退職日を境に、私の夜の過ごし方は大きく変わりました。
それまでは帰宅しても、「明日の準備をしなければ」「あの書類を確認しなければ」と、仕事のことが頭のどこかに居座っていました。
ところが、その心配ごとがなくなった途端、夜という時間が驚くほど長く感じられるようになったのです。
時計を見るとまだ夜の8時。
以前なら「もうこんな時間」と思っていたのに、今は「まだこんな時間か」と感じるのです。
その長い夜をどう過ごせばいいのかわからず、私は少し戸惑っていました。
テレビをつければ賑やかな声が流れてきて、ひとりの自分がちょっと寂しくなるし、スマホを開けば、誰かの輝かしい毎日が目につきます。
食事の写真、旅行の写真、家族の写真。
もちろんすてきなのですが、見続けていると、自分だけが取り残されているような気持ちになるのです。
スマホを閉じて天井を見上げました。
静かな部屋に響くのは、冷蔵庫のモーター音だけ。
そんな夜を過ごしていました。
何気なくつけたラジオ
ラジオを聴こうと思ったのは、特別な理由があったわけではありません。
本棚の片隅に、長い間使っていなかった小さなラジオが置いてありました。
引っ越しのたびに持ってきたものの、ずっと飾りのようになっていたものです。
ふと思い立って電源を入れてみました。
最初は雑音ばかり。
周波数を少しずつ合わせていくと、落ち着いた女性の声が聞こえてきました。
「今日は暑かったですね。こんな夜はキンキンに冷えたビールが飲みたくなりますね。」
特別な言葉ではありません。
けれど、その瞬間、不思議と部屋の空気がやわらいだ気がしたのです。
「ああ、今この夜を誰かと共有しているんだ」
そう思えただけで、部屋のしんとした静けさが少しやわらかくなりました。
ひとりでいることは変わらないのに、ひとりぼっちではない気がしました。
そんな感覚を、昨晩初めて味わったのです。
ラジオの「ちょうどいい距離感」
ラジオの魅力を説明するのは少し難しいのですが….。
便利さだけでいえば、スマホの方が圧倒的に優れていると思います。
スマホがあると音楽も動画もニュースも、すべて手のひらの中。
それでも私は、夜になるとラジオをつけたくなるのです。
その理由は、ラジオには「何かをしなくていい」心地よさがあるからです。
スマホは便利な反面、常に反応を求められている気がします。
次は何を見るか。
何にいいねを押すか。
このニュースについてどう考えるか。
知らず知らずのうちに、頭が働き続けている気がします。
テレビも同じです。
映像は楽しいけれど、私にとっては疲れた夜には少し刺激が強すぎることがあります。
ラジオは違います。
ただ声が流れているだけ。
聴いてもいいし、聴き流してもいい。
返事をする必要もなければ、画面を見続ける必要もありません。
その「ちょうどいい距離感」が、長い夜にはとても心地よいのです。
半額のお惣菜の話に救われた夜
私は仕事探しを始めたのですが、ハローワークに通いながら、思っていた以上に厳しい現実に直面しています。
60代になってからの仕事探しは、決して簡単ではありません。
これはまた後日書くことにして・・・。
少し落ち込んだままスーパーに立ち寄り、半額になったお惣菜を買って帰りました。
夕飯を並べながら、いつものようにラジオをつけます。
するとパーソナリティの男性がこんな話を始めました。
「昨日、スーパーでお惣菜が半額だったんですよ。それだけでいい日だったなあと思えてしまって。」
思わず笑ってしまいました。
私も今日、同じことで少し嬉しくなったばかりだったからです。
ラジオの向こうに、同じように日常を生きている誰かがいる。その親しみやすさに、ふっと力が抜けました。
ラジオの向こうの人は私を知らないし、私もその人を知らないのですが、それでも、一緒に同じ時を過ごしている気がしたのです。
「ながら聴き」が心地いい
ラジオの良さは、生活の邪魔をしないことにもあります。
料理をしながら。
洗濯物をたたみながら。
食器を洗いながら。
何かをしていても自然と耳に入ってくるのです。
話の内容を聞き逃すこともあります。
でも、それでも構わないのです。「ちゃんと聴かなければ」と思わなくてもいいのです。
流れているだけで十分なのです。
その気軽さが、疲れた心にはありがたいのです。
今では、シンクに流れる水の音とラジオの声が、私の夜の定番になりました。
ひとり暮らしの静けさを、ほんの少しあたたかく、穏やかにしてくれる存在です。
映像がないからこそ広がる景色
ラジオには映像がありません。はじめはそれが物足りなく感じていました。
けれど今は、そこにこそ豊かさがあると思っています。
旅の話を聞けば、自分の頭の中にその景色を思い浮かべる。
海の話なら海を。
雪の話なら雪を。
言葉を聴きながら、自分の中で風景を描いていく。
動画に慣れた今だからこそ、その時間がとても新鮮です。
映像を見せられるのではなく、自分で想像する。
ラジオにはそんな贅沢があります。
思いがけず届いた言葉
応募したい求人に応募できなくて、落ち込んでいた夜でした。
洗い物をしながら、ぼんやりラジオを聴いていると、リスナーからのお便りが読まれました。
その中の一文が、今でも心に残っています。
「うまくいかない日の方が多いけれど、昨日より少しだけ前に進めたなら、それで十分だと思うことにしました」
洗い物の手が止まりました。
「そうだな、また明日頑張ればいいか。」
だれかに励ましてほしいと思っていたわけではありませんが、ラジオには、そんな偶然の出会いがあります。
思いがけない偶然の出会いであるほど、言葉は深く心に残るのかもしれません。
眠れない夜の静かな友
年齢を重ねるにつれて、眠れない夜も増えてきました。
仕事のこと。
お金のこと。
健康のこと。
考え始めると、なかなか眠れません。
そんな夜はタイマーをセットして、小さな音でラジオを流します。
誰かの声を聞いているうちに、頭の中のざわつきが少しずつなくなっていく。
気づけば眠ってしまっていることも少なくありません。
スマホを見ていた頃は逆でした。
画面の光で目が冴え、SNSを見ては余計なことを考えてしまう。
ラジオは目を閉じたまま聴けるので、眠れない夜にも優しいのです。
夜が少しだけ楽しくなった
仕事を辞めてから、夜が長くなりました。
それは今も変わりません。
けれど、その長さが怖くなくなりました。
ラジオをつければ誰かの声が流れてくる。
料理をしながらでもいい。
布団の中でもいい。
聴き方に決まりはありません。
そして時々、思いがけない言葉が心を支えてくれる。
半額のお惣菜の話に笑ったり、誰かの体験談に励まされたり。
そんな小さな毎日が、長い夜を楽しくしてくれますし、生きる力になりました。
もし今、夜が少し長く感じているなら。
一度スマホを閉じて、ラジオをつけてみてください。
最初は何も変わらないかもしれません。けれど、ある日ふと気づくはずです。
部屋の空気が、少しだけ柔らかくなっていることに。
誰かと同じ夜を過ごしていることに。
ただそれだけで、夜が思っている以上に楽しくなるものです。
以前ははがきでの投稿でしたが、時代は変わり、今はSNSでの投稿が主流になりました。
ただ聴くだけでもいいですし、投稿も可能です。
運が良ければ、リアルタイムでパーソナリティの方が読んでくれます。
こうした交流も楽しいですよね。
あっ、スマホでもラジオは聴けるんですよね。
あなたもぜひ。
