ひとり暮らし

ひとり暮らしの私が遺言書を作ろうと思った理由「まだ早い」と思っていた私が終活を始めた日

まりん

夜、ふと考えてしまった

ある夜、テレビをぼんやり見ながらお茶を飲んでいたら、突然こんな考えが頭をよぎりました。もし今夜、自分に何かあったら。
「縁起でもない」と打ち消そうとしましたが、一度浮かんだ考えはなかなか消えませんでした。

私はひとり暮らしです。もしものことが起こったとしても、朝になっても誰も気づかないかもしれません。もし孤独死なんてことになったら、部屋の中にある通帳は、保険の書類は、スマートフォンのパスワードはどうなるだろう。きっと残されたものに誰かが困ることになる。

その夜はなかなか眠れませんでした。

翌朝起きて、「考えすぎだよ」と自分に言い聞かせました。でも心のどこかに引っかかったままでした。
その引っかかりが、私を終活へと向かわせる最初の一歩でした。

幸いに退職した今、時間はあります。今やらないともうやる機会はないかもしれない。
少し焦りもありました。

「他人事」が「自分事」に変わった瞬間

数年前の私なら、遺言書という言葉を聞いても「お金持ちが弁護士と一緒に作るもの」くらいにしか思っていませんでした。テレビドラマで見る遺産争いのイメージが強くて、自分には関係のない世界の話だと思っていたのです。

それが変わったのは、知人からある話を聞いてからです。

知人の叔母さんが、突然亡くなりました。

ひとり暮らしで、子どもはいません。夫はすでに先立っていました。享年72歳。特に大きな病気をしていたわけでもなく、本当に突然のことだったそうです。

親族が部屋の片付けに入ったとき、まず直面したのは「何が何だか分からない」という状態でした。

通帳はどこにあるのか。どの銀行を使っていたのか。
保険には入っていたのか。入っていたとして、どこの保険会社なのか。
家賃の引き落とし口座はどれか。
携帯電話の契約はどこか。
ネット銀行はあるのか。証券口座は。
当然と言えば当然ですが、誰も知りませんでした。

叔母さんは几帳面な人だったそうです。
でも几帳面だったがゆえに、書類はきちんとファイルされていたものの、ファイルが多すぎてどれが現在も有効なものかわからなかったとのこと。
解約したはずの口座の通帳も残っていました。昔の保険証書も出てきたけれど、今も契約が続いているのかどうか確認するのに時間がかかりました。

遺品整理だけで、結局7ヶ月以上かかったそうです。

知人はこう言いました。

「叔母は悪くないんです。誰も聞いたことがなかっただけで。そんなこと聞きにくいですよね。でも残された側は本当に大変でした。まるで謎解きみたいで。」

笑いながら話してくれましたが、その目は笑っていませんでした。

私はその話を聞きながら、ヒヤッとしました。これは他人事ではありません。叔母さんと私の状況はほぼ同じだからです。

引き出しの中を開けてみたら

知人の話を聞いた翌週の休日、私は思い立って部屋の片付けを始めました。

引き出しを開けて、我ながら驚きました。

古い通帳が4冊。そのうち今も使っているのは1冊だけで、残りは数年前から動いていません。でも解約した記憶もありません。
昔加入した医療保険の証書。これは今も有効なのか、既に切れているのか、確認しなければ分かりません。
クレジットカードが3枚。メインで使っているのは1枚だけなのに、なぜか3枚あるのです。

そしてスマートフォン。
これが一番厄介だと気づきました。

私のスマートフォンの中には、ネット銀行のアプリが入っています。電子マネーも入っています。音楽のサブスクリプション、動画配信サービスの有料プラン。思い返してみると、月額いくらか課金しているサービスが5つも6つもありました。

もし私が突然死んだとしたら、残された人はこのスマートフォンを開けることもできません。パスワードもPINコードも、私の頭の中にしかない情報なのです。

そして最近始めたこのブログ。アカウントのIDとパスワードも誰も知りません。

部屋を見回しながらため息が出ました。

誰かに迷惑をかけたくない、とずっと思ってきました。でも、このまま何もしなかったら、間違いなく迷惑をかけることになるのです。

その日の片付けは途中で止まってしまいました。片付けるより先に、考えることがたくさん出てきてしまったからです。

「財産がないから大丈夫」という思い込み

最初、私はこう思っていました。

「揉めるような財産なんて何もないから、相続トラブルとは無縁だ」と。

持ち家があるわけでも、多額の預金があるわけでも、株を持っているわけでもありません。
ごくわずかの預金と、賃貸の部屋と、家電と衣類。それくらいです。そんなもので誰かが争うはずがないと、そう思っていました。

ところが調べてみると、これは大きな勘違いでした。
相続トラブルは、財産が多い家庭だけの話ではないのです。
家庭裁判所に持ち込まれる相続調停のうち、遺産額が1000万円以下の案件が全体の約3〜4割を占めているというデータがあります。
むしろ「大した財産じゃないのに」という案件ほど、感情のもつれが複雑になりやすい側面があるそうです。

問題になるのは財産の額ではなく、人の気持ちだからです。
「介護を一手に引き受けたのは私なのに」 「連絡もなく勝手に決められた」 「あの人ばかりが得をしている」

そういう不満が、何年も積み重なっていた感情と結びついて、一気に噴き出すことがあるのです。お金の問題というより、人間関係の問題なのです。

これを知ったとき、「財産が少なければ安心」という考え方が、いかに的外れだったかを思い知りました。

知人家族を分断した実家の相続

相続トラブルが身近なものだと実感したのは、別の知人の話を聞いてからです。

お母様が80代で亡くなりました。財産は、地方にある古い実家と、わずかな預金だけ。そのこと自体は、子どもたちも知っていました。

問題は、実家をどうするかでした。

長男は「売ってしまえばいい、維持する意味がない」と言いました。
次男は「生まれた家を売るなんて考えられない、俺が住む」と言いました。
長女は「売るなら売るで、その前に賃貸に出して収益を得られるんじゃないか」と言いました。

誰も悪意があったわけではありません。それぞれに、それぞれの事情と思いがあったのです。

話し合いは1回、2回ではまとまらず、1年が過ぎ、2年が過ぎました。
その間、固定資産税の支払い、家の管理、近所への挨拶など細かい問題が次々に出てきて、皆不満を募らせていきました。

結局、法的な手続きを経て解決したのは、お母様が亡くなってから3年後のことです。

知人はこう言いました。

「お母さんが一言でも書き残してくれていたら、違ったと思う。売ってほしいでも、誰かに残してほしいでも、一言でよかったのに。意思があれば、それを軸に話し合いができたと思う。何もなかったから、みんながバラバラの方向を向いてしまったんです」

その言葉が、ずっと胸に残りました。

遺言書は、財産を分けるためだけのものではないのです。残された人が「軸」を持てるかどうかなのです。

遺言書でできることは、思っていたよりずっと広かった

「遺言書=財産の分配方法を書くもの」というイメージを持っていましたが、調べてみると書けることはずっと幅広いのだとわかりました。

財産に関すること 誰に何を残すか。預金、不動産、車、貴金属、思い出の品など具体的に指定できます。「形見として友人のAさんに渡してほしい」という個人的な希望も書けます。

葬儀・お墓に関すること 家族葬にしてほしい、香典は辞退してほしい、散骨してほしい、特定のお寺に納骨してほしいなど、こうした希望も書き残せます。法的な強制力はないものの、家族にとって、どうしたらいいのか参考になります。

家族へのメッセージ 「付言事項」といって、遺言書の末尾に自由なメッセージを書く欄があります。「長年支えてくれてありがとう」「あなたたちが誇りです」「きょうだい仲良く助け合っていってください」そういった言葉を書き残せるのです。

私はこれを知ったとき、胸が熱くなりました。

遺言書は、法律文書でありながら、最後の手紙でもあるのです。財産の多い少ないに関係なく、誰でも書けるし、書く意味があると思いました。

デジタル遺産—現代の終活が直面する新しい問題

今の時代、終活で見落としがちなのがデジタル遺産です。

私のスマートフォンの中を改めて確認してみました。

ネット銀行のアプリ。電子マネー(2種類)。ショッピングサイトのアカウント(ポイントが貯まっています)。ブログのアカウント。SNS。写真データ(10年分以上)。動画配信サービスのサブスク。音楽サブスク。クラウドストレージに保存した書類の数々。

これらは全部、私が亡くなったあとも「存在し続ける」ものです。

ネット銀行に残ったお金は、家族がログインできなければ引き出せません。電子マネーの残高も、消えるかもしれません。SNSのアカウントは、放置されたままになるか、プラットフォームの規定によっては「追悼アカウント」として残り続けます。

昔は「通帳と印鑑の場所を教えておく」で済んだかもしれません。
でも今は違います。パスワード管理、サブスクの解約手順、デジタルデータの扱いなど、こうした情報も整理して残しておかないと、残された人が途方に暮れることになるのです。

エンディングノートやデジタル情報のリストを別に作って遺言書と一緒に保管しておくことが、今の時代の終活には必要だと思いました。

私自身、まずこのリスト作りから始めようと思っています。

遺言書の種類—何を選べばいいのか

遺言書には、主に3種類あります。調べて整理できたので、ここでまとめておきます。

①自筆証書遺言(じひつしょうしょゆいごん)

自分で手書きして、自宅などで保管する方法です。費用はほぼかかりません。思い立ったらすぐ書ける気軽さがあります。

ただし注意点があります。形式を一つでも間違えると、無効になる可能性があるのです。
日付は年月日まで正確に書かなければなりません。
全文を自筆で書かなければなりません(財産目録はパソコン可)。
署名と押印が必要。
これらの要件を満たさないと、どれだけ内容が正しくても法的効力が認められない場合があります。
また、自宅保管の場合、紛失・災害・改ざんのリスクもあります。
さらに、亡くなった後に家庭裁判所での「検認」手続きが必要になります。

②法務局の遺言書保管制度

2020年から始まった制度です。自分で自筆した遺言書を、法務局が保管してくれます。手数料は1件3,900円。

大きなメリットは2つあります。
一つは、安全に保管してもらえること。紛失も改ざんも心配ありません。
もう一つは、検認が不要になること。亡くなった後、家庭裁判所の手続きを経ずに遺言書の内容を確認・執行できます。残された人の負担を大幅に減らせます。

ただし、法務局は内容の確認はしてくれません。形式面のチェックはありますが、内容が法律的に正しいかどうかの判断は自己責任です。

③公正証書遺言(こうせいしょうしょゆいごん)

公証人(法律の専門家)と一緒に作成する遺言書です。証人が2人必要で、費用は財産額によって異なりますが、数万円程度かかることが多いようです。

最大の特長は、内容の確実性です。公証人が内容を確認するため、形式上の不備で無効になるリスクがほぼありません。原本は公証役場で保管されるため、紛失の心配もゼロ。検認も不要です。

不動産を持っている方、相続人の関係が複雑な方、確実性を重視する方には、この方法が最も安心です。

私自身、まずは法務局の保管制度から始めて、将来的には公正証書遺言を検討しようと考えています。完璧を求めて何もしないより、今できることから一歩踏み出す方が大切だと思うからです。

検認って何?知らなかったことで「なるほど」と思った

恥ずかしながら、遺言書を調べるまで「検認」という言葉を聞いたことがありませんでした。

検認とは、自宅保管の遺言書が亡くなった後に発見されたとき、家庭裁判所で行う確認手続きのことです。遺言書を勝手に開封してはならず、相続人全員に通知が行き、期日に立ち合いのもとで開封されます。

この手続きには、早くても1ヶ月以上かかることがあります。その間、相続に関する手続きは基本的に進められません。遠方に住んでいる相続人がいれば、その人への通知と調整も必要になります。

残された人が、ただでさえ悲しみの中にいる時期に、煩雑な手続きを経なければならないわけです。それは避けたいと思いました。

法務局の保管制度や公正証書遺言を選ぶと、この検認が不要になります。
小さなことのように見えて、残された人への大きな思いやりだと感じました。

遺言書を考え始めたら生活が変わった

不思議なことが起きました。
遺言書について真剣に考え始めてから、日常の行動が変わってきたのです。

まず、使っていない銀行口座を整理しました。4冊あった通帳のうち、残高ゼロのものは解約手続きを取ることにしました。

次に、保険証書を一箇所にまとめました。今も有効な契約がどれかを確認し、保険会社の連絡先も一緒にメモしました。

そして、サブスクリプションの一覧を作りました。毎月何にいくら払っているかを書き出してみたら、自分でも把握できていなかったサービスが2つ出てきました。そのうち1つはもう使っていなかったので、解約しました。

連絡先リストも作りました。もし私に何かあったとき、誰に連絡してほしいか。
仲の良い友人の名前と連絡先。お世話になった人の名前。

これらをやってみて気づいたことがあります。

終活というと、「人生の終わりに向けての準備」というイメージがあります。でも実際にやってみると、それは「今を整理する作業」でした。

部屋がすっきりした。
何にお金を使っているか分かった。
大切にしたい人が誰か、改めて見えた。

心が、ずいぶん軽くなりました。

遺言書は「未来へのラブレター」だと思うようになった

準備を進めながら、私はこう思うようになりました。

遺言書は、未来へのラブレターだ、と。

財産の多い少ないは、関係ありません。
残せるものが少なくても、残せる気持ちはあります。

「長年仲良くしてくれてありがとう」 「あなたが元気でいてくれたら、それだけで十分です」 「思い出の〇〇を受け取ってほしい」

そういう言葉を、最後に書き残せるのです。

人はいつか必ず人生を終えます。それは避けられません。
だからこそ、自分の意思を、自分の言葉で残しておくことには意味があると思います。

遺言書は死を意識するためのものではなく、安心して今を生きるためのもの。
この考え方に至ってから、終活という言葉が怖くなくなりました。

まとめ|元気な今だからこそできることがある

最後に、私がこの記事で伝えたかったことをまとめます。

①財産が少なくても、遺言書は必要
相続トラブルはお金の額ではなく、感情から生まれます。残された人への「軸」を作ることが大切です。

②デジタル遺産を忘れずに
スマホの中の情報、サブスク契約、ネット口座、これらも「整理して残す」必要があります。

③まず一歩。完璧を求めない
自筆証書遺言+法務局保管から始めるだけでも、残された人の負担は大きく変わります。

④終活は、今を整理することでもある
準備を始めると今の生活がすっきりします。気持ちも軽くなります。

⑤遺言書は最後のラブレター
財産の分配だけでなく、感謝の言葉や希望を残せる、人生最後のメッセージです。

もしこの記事を読んでいるあなたが「まだ早いかな」と思っているなら、かつての私と同じです。

でも、人生は予測できません。

健康で元気な今だからこそ、落ち着いて考えられます。
焦らず、でも少しずつ、準備を始めてみませんか。

私はこれから、まず法務局に問い合わせてみようと思っています。

あなたの大切な人を、できる限り困らせないために。
そして今日を、安心して生きるために。

この記事は私の個人的な経験と調査に基づいています。
遺言書の作成には法律上の要件があります。詳しくは司法書士・行政書士・弁護士などの専門家にご相談ください。

ABOUT ME
まりん
まりん
はじめまして、まりんです。 地方都市で一人暮らしをしている60代のシングル女性です。 長年、事務職の仕事を続けてきましたが、契約期間満了を機に退職することになりました。 現在は新しい仕事を探すため、ハローワークへ通いながら再出発の準備をしています。 特別な資格も才能もなく、ごく普通の人生を歩んできました。 職場の人間関係に悩んだこともあり、病気を経験したこともあります。 それでも、何歳からでも人生はやり直せることを信じて、一歩ずつ前に進みたいと思っています。 このブログでは、仕事探しの記録、一人暮らしの日常、老後への備え、ここ(地方都市)での暮らしについて綴っています。 同じように不安や悩みを抱えながら頑張っている方に、「ひとりじゃない」と感じてもらえたら嬉しいです。
記事URLをコピーしました